(2) 月子たちの家に着くと、4人(今は3人と1匹だが)は早速自己紹介を始めた。 「私は神谷真理子。保育士をやっています」 真理子はペコリと頭を下げた。 「我は宇治狐麻呂。いわゆる神、というわけだな」 お稲荷様はくく、と悪戯っぽい笑みを浮かべた。 「もう、お稲荷様ったら、いきなりそんな事言ったらますます変な人だと思われちゃいますよ。あ、この方のことはお稲荷様って呼んであげてくださいね」 「我は人ではないぞ」 「みーみー」 「……お願いだから、陽子、そろそろ人の姿になってくれない?」 いまだ猫の姿のまま月子の膝でゴロゴロ鳴いている陽子に月子は言った。 「みゃーっ、……と」 耳と尻尾はそのままに、陽子は人型になった。そのままの場所で。 「わわ、膝の上でならないで。重い!」 「皆様はじめまして、月子の双子の姉の陽子です」 慌てる月子を全く気にかけることなく、膝の上にちょこんと座りなおして、陽子は言った。 「わー、本当にお二人そっくりですね」 「真理子よ、お主見えておったのではないのか?」 「漠然としか見えてなかったので。私、お稲荷様みたいに力があるわけではないですから」 「そーいう割には主従関係は真理子先生の方が上に見えるんですけど」 「陽子!」 「……いや、気にするでないぞ。神がいちいち人間の言う事などに腹を立てては……むきーっ」 「お、お稲荷様落ち着いて。帰ったらきつねうどん作ってあげますから、ね」 「そろそろ本題に入った方がいいんじゃない?」 「「「お前が(お主が)(あなたが)言うな!(言うでないわ!)(言わないで下さい!)」」」 「……そんなみんなしてつっこまなくてもいいじゃない」 三人に同時に否定された陽子は頬を膨らませた。 「そうなんですか、そんな事情が」 「そんな事があったんですね」 お互いの事を説明し終えた頃には、4人はすっかり打ち解けていた。 といっても状況を全て理解しているお稲荷様と、途中で話に飽きた陽子はソファーの上で横になって寝ていたが。黒猫と狐が丸くなって寝ている光景は、とても微笑ましいものだった。 (寝ている時は本当に可愛いんだけどなぁ) 月子はしみじみと思った。 「陽子ちゃんってとても明るくって前向きな子よね。私だったら猫になった時点で途方に暮れちゃいそう」 「そうなんですよね。お稲荷様の話だと普通人間が半妖になることはないって言ってましたし。なのに陽子ったら、死んじゃう前と全然変わってなくて、最近じゃあ陽子が死んだって言うのは嘘なんじゃないかって思うくらいで。きっと陽子のことだから、猫に変身出来るようになって便利、くらいにしか思ってないんじゃないですかね」 「ふふ、そうかもね」 「大体陽子って、気紛れでマイペースで、そのくせ甘えんぼで、ほんと猫そのものなんですよね。だから外見が猫になっちゃっても違和感がないんですよ。こっちは振り回されてばっかり」 「月子ちゃんは陽子ちゃんのことが大好きなのね」 「な、何ですか突然藪から棒に」 不意を突かれた月子は、思わず顔が赤くなった。
「だって、陽子ちゃんのことを話している時の月子ちゃん、とっても活き活きしてるんだもん。見てるだけでこっちも楽しくなってきちゃうくらい」 「そ、そうですか?……何だか恥ずかしいな。真理子さんこそ、お稲荷様のことを話すとき、目が爛々と輝いてますよ」 「うん、だって私、お稲荷様のこと大好きだもん」 反撃があっさりと撃ち落され、月子はまいったなぁと頭を掻いた。 「うわ、そうストレートに来られるとどう返していいか分からないじゃないですか。お稲荷様って、かっこいい女を地でいってますよね。しかもプライドは高そうなのに、全然気取ったところがなくて」 「今はね。最初は大変だったよー。ちょっとしたことで機嫌悪くなっちゃうは、たまに体を乗っ取られそうになるは」 「そう言いながら、全然大変そうな顔してませんよ」 「何かね、最初は戸惑ったんだけど、段々楽しくなってきちゃって。私一人っ子で兄弟居なかったから、居たらこんな感じなんだろうなぁって。お稲荷様って、普段は凄くしっかりしてるのに妙に子供っぽいところがあって。だから上と下がいっぺんに出来たみたいで」 「誰が子供ぞ」 「あ、お稲荷様起きたんですね」
二人の下にトコトコとお稲荷様が歩いてきた。背中にはまだ熟睡している陽子が乗っていた。 「あーもう、陽子ったら。お稲荷様すみません」 「気にするな。それより真理子よ、さっきから黙って聞いておれば、随分と勝手なことを言いおってからに」 「まぁまぁ、それだけお稲荷様への愛が深いってことですよ」 「むぅ……」 人の姿であったら少し頬を赤らめたのが分かったかもしれない。
「そうですよ、気にしちゃ駄目ですよお稲荷様」 いつの間に目を覚ましたのか、人型になった陽子は言った。 「ちょ、ちょっと陽子、あなた裸じゃない」 普段は人型に戻ったときは自然と黒い服を身に着けているのだが、何故か今の陽子は裸だった。耳と尻尾はそのままに、腕にはお稲荷様をちゃっかり抱きかかえていた。 「ええい、離せ、離さぬか!」 不意をつかれてお稲荷様も逃げるタイミングを失ってしまった。 「こら陽子、お稲荷様を放しなさい!」 「やだよー、だ」 お稲荷様を抱えた陽子となんとか止めさせようとする月子の追いかけっこが始まった。
|