7.月子の憂鬱

 

「つっきーおはよー」

「おはよう、咲ちゃん」

 私が教室に行くと、すでに大学で一番仲のよい友人が来ていた。

「どしたつっきー元気ないよ?」

「……そうかな。そんなことないよ」

 そう言いながらも溜息が漏れてしまう。咲ちゃんに迷惑をかけたくない。
 というより、そもそも私自身どうしてこんなに憂鬱なのか分からない。

 きっかけは、最近毎朝見る夢だ。それだけは間違いない。でも、その原因ははっきりしない。

 

「つっきーの悩み、当ててあげようか」

「え?」

「ずばり、恋患いね」

 ビシッ、と咲ちゃんは人差し指を突きつけてきた。

「…………」

「図星ね。やっぱりそうかぁ。最近つっきー綺麗になったなーと思ってたんだ。前にも増してお色気増量中って感じだし」

 私の無言を肯定と受け取った咲ちゃんは納得してうんうんと頷いた。

「そんなんじゃないんだけどな」

 

 陽子と私の関係は、恋人同士とはちょっと違う気がする。
 確かにお互いの『初めて』を捧げ合ったし、好きか嫌いかと二者択一で聞かれれば好きだと即答出来る。……でも、それと恋とはなんとなく結びつかない。

 じゃあ何なんだと聞かれるとそれはそれで困るけど。

 

 

 ――ぴちゃ、ぴちゃ

 静かな部屋の中に舌の音だけが響く。

「そんなに美味しい?」

 ちゅぽっ、という音が明確な言葉の代わりに返ってきた。
 まるで男性のものに奉仕するかのように、黒髪の女の子は私の足の指に吸い付き、舌で全体を満遍なく嘗め回し始めた。
 床に這いつくばり、お尻だけが浮いた格好で、一心不乱に私の足を口で愛撫する猫耳の少女。

 

 私は知っていた。彼女の男の子はこれ以上ないくらい硬く勃ちあがり、女の子は噴水のように次から次へと愛液が噴き出していることを。ご褒美を求めている事を。

「さっき学校から帰ってきたばかりで靴の中で蒸れてて臭いはずなのに、こんなものが美味しいなんて……陽子は変態だね」

 しかし、私は敢えてそれに気付かない振りをした。私の言葉での辱めに、それを否定するように陽子が首を振り、首輪の鈴がチリチリと音を立てる。

 

「――陽子は嘘つきだね」

「変態じゃないなら、どうしてここはこんなにはしたなく感じてるの」

「嘘ついた悪い子には……お仕置きだね」

 一体何処からこれだけの言葉が出てくるのか、自分でも分からなかった。月子という名の他人が私の口を借りて喋っている。そんな感じだった。

「いくよ……」

 

 

「……きー、つっきー!」

「わっ!」

 ここが図書館だという事も忘れて、私は大声を上げた。周りの冷たい視線がちょっと痛かった。どうやらテスト勉強をしながら眠ってしまったようだ。

「咲ちゃん、どうしたの」

 咲ちゃんは何も言わず、私の足元を指差した。そこには赤い首輪を着けた黒猫が居て、ミュールから出た爪先を舐めていた。

(夢の原因はこれか……)

 それにしても、一体どうしてあんな夢を――。

「つっきーの事を探してるみたいだったから、連れて来てあげたの。ほら、これ」

 咲ちゃんが小さな紙を私に手渡した。

『わたしのごしゅじんさまをさがしています。ごしゅじんさまのなまえは、つきこです』

「これを咥えてたのよ。賢いネコちゃんよねー。足形もあったし、もしかして自分で書いたのかな」

「あのね……猫が字を書くわけないでしょう」

 全く……陽子ったら説明に困るような事を……じゃない!

「ごめん、咲ちゃん。用事を思い出したから、先帰るね。陽子を連れて来てくれてありがとう。それじゃ!!」

 

 

 今日はもう授業は無かったから、あのまま陽子を抱えてダッシュで自宅まで帰った。

「どうしたの、陽子。突然訪ねてきたりして」

 陽子は今は人型に戻ってソファに座っていた。

「どう、あの手紙、ビックリペット大集合に出れるかなぁ」

「……陽子……」

「冗談はさておき、今朝月子が元気なかったのが気になってさ。どした?悩みがあるならお姉さんに話してごらん」

「実は……」

 私は陽子に夢の内容を話した。

 

「…………」

 陽子はそれを聞いた後、無言でしばらく何かを考え込んでいるようだった。どうしよう、軽蔑されたんだろうか。

 

「やっぱり私達、寝てる時も繋がってるんだね!!」

 組んでいた腕を解くと、陽子は私に飛びついてきた。

「わっ!」

 陽子に押し倒され、私達はカーペットの上に転がった。目の前には獲物を狙うライオンのような目をした陽子の顔が。

「月子ぉ、明日は休みだよね」

「う、うん……そうだけど。何か怖いよ、陽子」

「じゃあ大丈夫だよね、久々に――しよ、月子」

「え……」

「だってぇ、月子もテスト期間で溜まってるでしょ。月子のしたいようにさせてあげるから、ね?」

 陽子はいそいそと服を脱ぎ始めた。どうやら私に拒否権はないようだ。

「ふふ……そういう事なら、あなたが勘弁してって言っても許してあげないから……覚悟してね、私の可愛い子猫ちゃん♪」

 私は覚悟を決めた。

 

 

 
 
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